[書評] ぶどう畑で見る夢は

Posted on 3月 27, 2018 by

 

あなたは仕事が好きですか。

あなたは人間らしく生きていますか。

昭和44年、栃木県足利市に誕生した知的障害者施設「こころみ学園」。

当時、中学校を卒業すると行き場を失っていた知的障害のある子どもたちのために、教師だった川田昇先生が私財をなげうって山を購入し、子どもたちとともにぶどう畑を開墾したのがすべての始まりでした。

障害があるのだからおまえは何もしなくていいと親に言われ、「何もやりたいことなんかない」と言っていた子どもたちが、白魚の手をしていた子どもたちが、大自然と戦いながら農業をするうちに、たくましく、したたかな農夫へと変わっていくのです。

この本の語り手は、1本のぶどうの老木。

学園の子どもたちと先生がぶどう畑でおこした奇跡の話を、なつかしそうに思いだし、優しく読者に語りかけてくれます。

文章は小学校から大人まで幅広く読めるように書かれていますが、知的障害のある子たちが働く姿を通して、本書が投げかける人生の根源的な問いが、中年サラリーマンであるわたしの胸にも深く刺さります。

「仕事の本来の喜び」とは何だったのか。

自分は本当に人間らしく生きているのか。

過去や人生の原点を振りかえり、人として大切なことを思い出させてくれました。

空腹をがまんして働いたあとの食事のおいしさ、寒さや暑さを我慢して働いたあとのあたたかさとすずしさ、くたくたに疲れるまで働いたあとの休けいや睡眠の喜び。これらを日々、体と心で味わう。それが川田先生の理想とする「質素な暮らし」です。

以前、ココ・ファーム・ワイナリー、こころみ学園に見学へいったときに感じたこと、
それはまさにこの、川田先生が理想そのものでした。

「人が人間らしく生きるためには、あるていどの過酷な労働は、必要なのではないかと思います。どんなことに対しても『まだできる』とがんばり、これでもかこれでもかと挑戦して、汗を流してじぶんのものを築く。そういうことのたいせつさがわかったとき、ほんものの人間になれるような気がするのです」

ダウン症のある子どもを育てる父として、この川田先生の言葉は深く心に響きます。

汗水たらし、ひたむきに情熱を傾けて、いきいきとつくる葡萄。

足利の暑い夏を過ぎ、秋の収穫にみんなで喜ぶ様子は、まさに人間らしく生きることにつながっています。

語り手である「ぶどうの老木」は、こんなふうに園生たちを言います。

こころみ学園の子どもたちの心は、とても純粋です。
素直で、まっすぐです。
まじめで正直です。
世の中の多くの大人たちとちがって、人をうらぎったり、人をおとしめたりしません。そして、他人を信じることができます。人を信じる力を持っているのです。
それは、知的障害のあるなしにかかわらず、みなさんも、どんな子供でも持っている、すばらしい力ではないでしょうか。
そういう力を、大人になっても持ち続けている「子どもたち」――。
これが、こころみ学園のみんなが、お年寄りになっても「子どもたち」と、親しみをこめて呼ばれている理由です。

効率化や合理化が進む社会で、わたしたちが置いてきぼりにしている人間性。

それがいまも、こころみ学園では脈々と生き続けていること、なんかホッとします。

本書のなかで、1995年に園生たちが親たちをアメリカ旅行へつれていくエピソードが出てきて、初めてアメリカへ行った親の話が印象的でした。

ある母親は、川田先生にこんなことを言いました。
「先生、もう帰りたくなくなっちゃいました。アメリカに来てからは一度も、ふりかえって、じろりと見られたことがないんです。日本では、町を歩いているだけで、じろじろ見られるんですもの。それが親にとってどれくらいつらいことか……」

いまよりも、もっともっと障害者が暮らしにくかった時代の日本。

そこで障害のある子を育ててきた親が、思わず吐露した胸の内。

どんなに孤独で、苦労の多い子育てであったことか。

そして、そんな子どもたちが立派に働くようになり、一緒に海外旅行に行き、どんなに誇らしかったことか。

園生の親はここに数行登場するだけですが、さまざまな思いを馳せました。

やがて、こころみ学園で作るぶどうで造ったスパークリングワインが、沖縄サミットや洞爺湖サミットなどで使用されるほどの、
日本を代表するワインにまでなったことは有名な話です。

「福祉や同情で買ってもらうワインでなく、品質で選ばれるワインを作る」と目標を掲げた川田先生の夢がかなったのです。

この本では、その夢を支えているぶどうが、どのように日々育てられ、どれほど小さな喜びが詰まっているのか、

ぶどう作りをする園生たちの「働く姿」に光を当てています。

障害があってもなくても、「働く」とは、「働く喜び」とは何なのか。

ぜひ一人でも多くの方に読んでいただきたい内容です。

著者プロフィール

小手鞠るい

1956(昭和31)岡山県生れ。同志社大学卒業。1981年「詩とメルヘン」賞、1993年「海燕」新人文学賞、2005年『欲しいのは、あなただけ』で島清恋愛文学賞、2009年絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん』(絵/北見葉胡)でボローニャ国際児童図書賞を受賞。主な著書に、『欲しいのは、あなただけ』『エンキョリレンアイ』『サンカクカンケイ』『レンアイケッコン』『アップルソング』『君が笑えば』『テルアビブの犬』『優しいライオン――やなせたかし先生からの贈り物』など多数。ニューヨーク州ウッドストック在住。

参考)
COCO FARM & WINERY | こころみ学園のワイン醸造場 ココ・ファーム・ワイナリー公式サイト
http://cocowine.com/

「慈善ではなく、おいしいから」 障害者のワイナリー「ココ・ファーム」収穫祭を訪ねて
https://www.huffingtonpost.jp/2016/12/10/cocowine_n_13556068.html

 




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